さて

6月になりました。
突然ですが亀井絵里さんについて語ってみたいと思います(照


亀井絵里さんは、まず気持ちから入るタイプの人だと私は思います。
As For One Dayは今や彼女の曲だと私は思っています。
ああいう切ない系の曲が彼女には本当によく合います。そこが彼女の深みです。
そしてバリバリ教室でのミスムンへのあの切り替え。あれは絶品でしたね。
あれが亀井絵里の深さであり広さであると思うのです。
曲に対して曲との一体感が素晴らしいんですよ。
曲の世界観へ自らの気持ちを落とし込むのに優れてるんです。
それを一般的に表現力と言うんじゃないかと思うわけです。


絵里りんの歌う100KISSをヘビロテしてます。

オリジナルの100KISSは”たんぽぽ”と並んで私の双璧に位置する曲です。
松浦さんの100KISSはいつも祈るような気持ちで聴いてる1曲です。


カラオケコンの是非とかよく議論になります。私も思うところはあります。
しかし絵里りんに関しては、これまで歌った曲で絶賛するに値しなかったことは正直ありません。
それは、ただ絵里りんが好きだから とかいう単純なモノでなく(その側面も否定はしませんが、)
絵里りんがその曲の世界観を忠実に再現してくれるからだと私は思っています。
もちろん100KISSも例外でありませんでした。
『なんだこの幸せ感は!』
うまく表現できませんが、絵里りんの100KISSを一言で言うとこうかなと。
完全に”絵里りんの100KISS”として自分のものにしてしまってる感があります。
ラストの”Yes, It'S My Love”での”My”がもう”私の”じゃなくて”絵里の”って感じですから。
もう ”絵里のLove” ですよ。
絵里りんの誠意というか心の清らかさというかそんな”絵里のLove”がビシビシと伝わってくるんですよ。
絵里りんの素直さとでも言いましょうか。
絵里りんは素直だからこそここまで曲の世界観に順応できるのかなとも思います。


絵里りんの100KISSでもう1点

これが妙にマッチしすぎてる件について
絵里りんがこの曲を選択した理由がこの辺にあるのかなとか勝手に邪推してみたくなります。
話が変わりますが、今回の写真集は絵里りん曰く今までで一番”素”らしいです。
写真集を通じて、私はそう思えなかったんですけど絵里りんがそう言うから間違いないのでしょう。
つまり、私と絵里りんにはまだそれだけの距離があるというわけなんですが。
正直なところ絵里りんの”素”な部分については少なくとも私はまだよくわかってない部分多いです。
まあ何を持って素とするのかとか詰めると難しい話になりそうでアレなのですが。
ここでハロプロアワーで最後の方に言った”ピンクの絵里りん”が一つのキーになるのかなと思われます。
影を潜めながらしっかり生き続けて来た”ピンク絵里りん”を出して行きたいとか言ってたアレです。
絵里りん自身が思う”素の絵里りん”はピンク絵里りんに近いところにある気がするんですよ。
そして、それは私が写真集を見て感じた”激りん”に近いところにある気もしています。
ここです。素の絵里りん、ピンク絵里りん、激りん。
この3つがひとつに重なった時に絵里りんは本当の意味で覚醒すると思われます。
機は熟したり 三位一体りん